2017年02月21日

沈黙を見てきました。

先週の土曜日に梅田ステーションシネマで映画「沈黙」を見てきました。
実はお恥ずかしながら小説は読んだことがなくストーリは知ってたのですが
映画が初めて触れる「沈黙」です。2時間40分という長時間でしたが長さを
感じさせない上手さがありました。いやー良かったな。
窪塚洋介は相変わらずいい味出してたしイッセー尾形の井上様も良かった。
何気に塚本晋也監督も出てるっていう豪華ぶりっ!しかも中々死なない役。
江戸時代の最後の宣教師のお話なんですがまぁ人がバンバン殺されます。
当時「キリスト教」は異物として見られていたので幕府が恐れるのも当然
かと思いますが歴史の教科書で習った島原の乱等で受けた感想はそんなーん
殺さなくてもいいやんってことと絵くらい踏んだらいいやーんでしたので、
この年になって改めて「沈黙」に出会って布教も命がけだったこと、そして
信仰もまた身を賭してまでも貫き通すものであったことを思い知りました。
ただ唯一神の宗教の怖いところは排他的な部分があるところでその信仰心の
強さゆえに他を認めないところが往々にしてあるように思います。
布教っていいながら侵略されていった例も歴史的に幾らでも有るわけですし
幕府が恐れるのも無理はないですね。自らの存在を認めてもらうためには
まず相手の懐に入ることが大事やと見ていて思いました。日本には太古から
八百万の神が自然神としていて色んな神様が存在する。自然を愛し神として
祀り多様性を認めていきながら根付いていく土着的な文化もある。
宗教に限らず大陸からやってきた文化は日本と融合することで別のものに
なる傾向が強いので宣教師が持ち込んだ教えも別物になっていった可能性は
あると思います。ただ苦役に苦役を重ねた生活を営んでいた当時の農民たち
にとって祈ること・信じることで救われるならそれは神でも仏であろうとも
真実であって現世が苦しいのであの世に救いを求めていたとすれば信心の結果
死ぬのもそれほど怖くなかったかも。それほど現世が苦しかったのでしょう。
時代は違いますが平家物語にも西国浄土の思想が出てきます。死ぬ前は必ず
西の方角へ向かって祈りを唱えるのです。現世が苦しいから祈って祈って
あの世で極楽へ行くというのはどんな宗教にも通じるのでしょうね。
この世から争いがなくならないのは自分の信じるものが全てで他を認めらない
頑なな姿勢からなのだろうなと思います。信仰は力にもなり刃にもなる。
物事を広く見る眼を持ちたいものですね。
posted by menchan at 22:05| Comment(0) | 雑記