2018年08月16日

1年

今日で義母がこちらに引っ越してきてちょうど1年が立ちました。
去年の今頃バタバタと引越を終えて片づけをしてたと思います。
86歳と高齢の義母の今までの生活をすっかり変えてしまうことに
なるので正直不安はありました。こちらに来て良かったことも
沢山あると思いますが失ってしまったものもあると思います。
少なくとも今まで住んだ土地で築いてきた生活や人間関係とは
サヨナラしなくてはならない。高齢になればなるほど対応し辛い
と思います。また新しい生活に適応する能力も若い頃とは違うの
ではないかと色々考えて悩んだりもしました。
けれど全てを手に入れれる生活などないし何かを得ようと思えば
何かを失うこともある。限られた時間やお金や空間の中で自分ら
に出来る精一杯のことをすればいいんやと半ば開き直りできました。
こちらに来て良かったことは義母自身の年金で経済的に自活した
生活を送れるようになったことです。これは人間の尊厳という意味
で大きい。義母には「お義母さんの生活は年金でしてもらってる、
私達は経済的に何の痛手も追ってないし持ち出しもしていない。」
と伝えています。誰かのお世話になってすまないという気持ちは
ないようで気楽だと言っています。もちろん足らなければこちらが
負担しますが今のところ貯金も出来てますのでそれもなさそうです。
それから近居で別居していることも大きいと思います。お互い気兼
することなく出来ることはしてもらって頑張ってもらっています。
完全に自立という訳には行きませんがちゃんと独り暮らし出来てます。
介護保険の申請も行いました。病院に掛かってなかったので整形で
見てもらい要支援の認定を受けました。今年の6月からデイサービス
で週一回ご飯を食べてお風呂に入って体操にカルタ取りなどの頭の
体操をし、入居者や施設の方とお話をして帰ってきます。最初は
気が進まなかった様子の義母でしたが今は楽しみにしているようで
先日は誕生日を祝ってもらったとカードを見せて大喜びでした。
今まで人のお世話ばかりの人生であまり人にしてもらったことがなく
よほどうれしかったのだと思います。大切にしてもらってると言います。
足が悪い義母ですがカートがあると良く歩くので時々行きたいところへ
連れていきます。春には団地周辺一斉に咲き誇る桜を見て喜んでました。
自分の生まれたところへ行きたいと想い出を巡る旅と題して難波へも。
戦前の話ですからほとんど変わってしまって分からなかったのですが、
変わってないものもあり執念で探し当てすごいものがあるなと思いました。
日中の食事は夫が用意します。元々我が家の食事を担当しているので
朝作って義母のところへ届けているようです。毎日のこととなると中々
大変ですが本当に良く頑張っていると思います。時々一緒に食事をします。
夏場は中々難しいのですが冬は皆でよく鍋を囲みました。うどんすきを
「皆で食べると美味しいな」と言って笑顔でお代わりしてました。
日中はテレビが友達なので家で色々なテレビを見ているようです。
時代劇や旅物語、昔の歌番組などを好んで見ているようです。それはそれ
で楽しいのかなとも思います。3Kの部屋に独り暮らしなので十分ですし、
気楽だし「ここへきて良かった、ここの暮らしに満足している」と行って
くれました。嬉しかったです。私達にとってはバタバタと送っている
普通の日常の暮らしの中で生きがいとかやりがいとかもっともっと刺激的
でチャレンジングなことをしていきたいとか充実した人生を送りたいとか
思ってしまってテレビを見てただ日常を送っているだけの義母の暮らしに
果たして彼女はそれでいいのか、満足なのかと疑問に思ってたこともあり
ました。けれど彼女と私達は生きてきた時間の長さもこれから生きる時間の
早さも全く違う。そして最も違うのは人生における価値観やと思っています。
私はこうして生きてきた、こんなことがあった、あんなことがあったという
昔話を通じてそれを頷いて聞いてくれる方がいることで自分自身が肯定され
私は大切にされていると感じながら美味しいものを食べて好きなテレビ番組
を見る、そんな日常の過ごし方に彼女が満足してるならいいと思います。
こちらに来てから義母はとても楽しそうでいい笑顔を見せてくれています。
それだけで十分で自分がいいと思うことの押し付けは一番良くないしお互い
アンハッピーやなと今は思っています。引越の際は色々軋轢もありましたが
1年経過して彼女が心穏やかに楽しく過ごしてくれているならまずまずやと
思うようになりました。今後も自立を支えつつ陰ながら見守っていきたいです。
posted by menchan at 18:17| Comment(0) | 雑記