2019年02月27日

45歳になりました。

今日で45歳になりました。まず恋愛ハンターの歌詞を借りまして
「生まれてこれた現実に感謝」しています。本当にありがとう。
40代も後半戦、娘に「45って四捨五入したら50やし50って十の
位四捨五入したら100やん」とか言いたい放題な言われようww
けど自分的には20代や30代の頃思てた40代といい意味で全く違い
こんなに今が最高に楽しくなるとは思ってもいませんでした。
経年による見た目の変化は当然のことながら避けられませんが
気持ちは頑丈で穏やかで明るく楽しく繊細で豊かになっています。
この頑丈で豊か言うところが自分にとってはポイントで、誰に何を
言われようとも「これがワタシ、文句ある?」的な根拠のない自信
に満ち溢れてる。そして山あり谷ありの人生をある程度超えてきた
今少々のことが起ころうともオバサン力で乗り切れる自信あり。
でもそれなりに悲しみも寂しさもやるせなさも経験してきたので
人として優しく穏やかになれているのではないかとも思います。
何より自分の意志で決定して歩んだ道、自分の脚で立ってる人生。
周りを見渡してみても40代女性、最強です。カッコいいです。
背負うもんいっぱいある、責任もいっぱいある、しんどいことも、
身体もだんだん衰えが来て、決していい事ばかりやないんですが、
お酒飲んでガハハと笑い飛ばして前を向いて行ける強さが自分も
含め周囲の女性には皆備わってるような気がしてます。
その上で刺々しい修羅の道を歩かんように心にウットリしたものを
散りばめて素直に「ありがとう」と「ごめんなさい」を言うて、
人に何かしてもろた時は感謝して、大切な人には大切と言うて、
好きな人には好きと言うて、必要な人には必要やと言うて、
困ってる人が居たら出来る限りの肩を貸せる可愛い人でありたい。
そう思て毎日大事に生きてます。気負わずこの一年も頑張ります。
私に関わって支えていただいている全ての人に感謝!
posted by menchan at 22:30| Comment(0) | 雑記

2019年01月26日

「津軽のカマリ」を見てきました。

1月12日にシネリーブルで上映中の「津軽のカマリ」を見てきました。
言わずと知れた高橋竹山の自伝的ドキュメンタリー映画ですが、初代
高橋竹山から二代目高橋竹山へとバトンを繋ぐような作品で津軽という
厳しい自然の中、貧しい暮らしを強いられた人々の苦労と強さも丁寧に
描いている良質の作品でした。いやー見に行って本当に良かったな。
高橋竹山のCDは1本だけ何故か家にあり(夫が持ってたのだと思います)
昔よく聞いていたのですが最近はすっかりご無沙汰していました。
芸事というより視力を失った竹山にとって三味線は生きる術であり、
劇場がない時代芸事でお金を稼ぐには門付するしかない、玄関口に立ち
三味線を弾く。芸人というより物乞い、乞食扱いやったそうです。
石を投げられたり罵声を浴びせられたりしたこともあったとか。
アンプラグドで3本の弦が奏でる圧倒的な音。他の三味線奏者では到底
出せない生きるために命がけで弾いてきた旅の香りが伝わる音で、
竹山の三味線を聞くだけでも十分映画を見る価値はあると思います。
全ての芸術に関わる人が見ると感じるものがある作品やと思いますし
音楽に携わる人、特に弦楽器をつかさどる人には見て損はない内容です。
「カマリ」とは「匂い」を意味するそうで津軽の匂いがする音を奏でたい
と竹山は言ってました。厳しい風土や貧しさ、沢山の犠牲の上に生された生。
その過酷な人生を食べるために芸事として音として表現し生きてきた竹山。
圧倒的で迫力がありながらもなんて緻密で繊細な音なんやろう。
晩年になってからもダメになった姿を見てほしいと舞台に立ち続けた竹山。
そしてその竹山を支え続けた奥様も目が悪いそうで東北では目が悪い女性は
巫女になったのだということも私は全く知りませんでした。お二人の苦難は
今を生きる私らには想像に難いものやと思います。誰も竹山のような三味線
はもう弾けないだろうと映画でも仰っていました。しかし色は違えどその心
は二代目高橋竹山に受け継がれているんやなと公演を見て感じました。
二代目は女性なんですね。琉球ぽい感じの衣装に身を包んだ線の細い綺麗な
方で青森では中々二代目高橋竹山として認めてもらえなかったそうですが
青森で行ったコンサートの映像は圧巻でした。代が変わって変わっていくもの
それでも変わらないものがあるんやと感じて心が震える音でした。
私の大好きな初代高橋竹山の1974年の青森公演の岩木を貼っておきます。
https://youtu.be/sbVxV8g_XiA
津軽のカマリ、温さ一切なしの中々ヘビーな内容ですが良質な映画でした。
おススメです。
posted by menchan at 17:03| Comment(0) | 雑記

2019年01月12日

「シュガーラッシュオンライン」を見てきました。

お正月に娘とシュガーラッシュオンラインを見てきました。
娘のチョイスする映画はほぼ予習なしでみてますが良かったです。
私がこの映画で感じたことは2点、相手との距離の取り方と
王子さまは要らないです。王子様については前に見た映画でも
その前に見た映画でも感じたことで最近のディズニー映画では
プリンセスに特定の異性の相手が存在しなかったり居たとして
その相手に裏切られることがあったりでつくづく昨今の世相
を反映してると思います。「永遠の愛」などないということと
王子様のような素敵な男性に出会って結婚したから一生安泰
みたいな暮らしはないと言うことを子供達に叩きつけるような
内容になってます。これは結構ヘビーですよね。
今の若い女性達は専業主婦願望が強いようですが少なくとも
今の女の子の夢に「結婚してお嫁さんになること」などという
温い夢は出てきませんし、いい人と結婚したからって=幸せなど
という単純な図式は成り立ちませんよね。世の中そんなに生温く
ないですよねー。川崎貴子さんの言葉を借りれば自分の人生を
他人マターにしないこと、これに尽きます。
もう一点は他人との距離の置き方です。価値観が合うと思ってた
親友、ずっと一緒にいれると思ってたパートナー、自分の擁護の
元育っていくと思っていた子供、どれも自分とは違う人格で、
各々出会う人、経験すること、一緒に歩む人、感じること、全部
違います。そこに自分自身もずっと同じではないという変化が加わる。
相手を尊重し、自分も相手に束縛されず自分らしく生きて行こうと
思ったら自分ではない相手との関係はもしかしたら常に自分にとって
居心地の良い良好なものではないかもしれない。そんな時は相手と
距離を置いた方がいいのかもしれませんが一時の感情で関係を一切
立ってしまうのはやっぱり勿体ないと思うし縁があればまた交われる。
相手のことが好きで大切に思うなら相手の今ある状況を受け入れ
相手の選択を尊重していけるのが大人としてのいい関係で適当な距離
感なのかなと思いました。一緒に成長していけると思った人は違った
ベクトルの人生を歩むかもしれない、それも又よし。素直に相手に
エールを贈ろう。またそうしてフラットな気持ちで相手と向き合う
ためには自分自身が自分の人生を歩んでいなければ中々難しいなと
思いました。娘は只々楽しかったようですがそういった辺り割と上手く
描けておりまたもディズニー侮れない内容になっています。
posted by menchan at 17:13| Comment(0) | 雑記