2019年05月04日

新しい時代になって

5月1日から天皇陛下即位により新しい時代になっておかげさまで
10日間ものんべんだらりとお休みをいただくことができました。
昭和15年→平成30年→令和25年くらい?もし次の時代も生きてたら
4つの時代を生きることになるんでしょうか?すごいな。
平成を生きてきた感想は「よう持ち堪えたな」です。時代の流れが
速くなり情報がすぐに陳腐化し、ストックと思われていた知識が
すぐにフローに転換し、これさえあれば大丈夫と思えるものがない。
誰かの価値観で誰かの言いなりになり何も考えず努力せず長いもの
に巻かれて生きていくのは完全に困難になってしまった時代、
それが私にとっての平成でした。
私は社会に出てしばらくしてからなんとなくそのことを感じていて
でもここまで速い流れでぶった切られるとは正直思てませんでした。
ライフスタイル、ジェンダー、働き方、結婚、子育て、何もかも
まだまだとは言えある程度声を上げて自由に選択が出来る時代です。
それはそれで喜ばしい事ですが代わりに全部自己責任になります。
自由を得るということは責任を負うということ、権利の主張は義務
を背負うこととイコールやと昔から思ていてダイナミズムでええ時代
ですがしんどい時代になったなぁという感じは否めません。
令和はもっとゆっくりさせてもらいたいものですがこの流れは加速
することはあっても止まったり減速したりすることはないでしょう。
変化に柔軟であることが生き残りの秘訣であるなら頭の固いオバハン
の私は淘汰されることになってしまうのか怖いですが、まだ10年ほど
は守るべきものがありそれなりに責任もあるので頑張りましょう。
新しい時代にあたって特に何が変わる訳でもないのですがひとつだけ
自分が心がけて行こうと思てることは「きちんと伝えること」です。
これまで私らが日本人として大事やと教えられてきた阿吽の呼吸とか
和を持って尊しとすとか空気読みなさい、みたいな言わんでも分かる
やろとか昭和の夫婦的なものは一切通用しなくなると思てます。
夫婦でも親子でも兄弟でも同僚も上司も部下も友人も知り合いも。
元々日本は単一同族国家である程度一定の価値観を共有してきました。
こういう生き方をすれば幸せになれるみたいなステレオタイプがあり
そこに自分を合わせて行けばいいのである意味考えなくても良くて
楽やったんですね。そういうもんだろ?とかそれが常識やろ?とか。
そやけど今それが完全に崩れてしまっているので良し悪しは別として
言葉にしてきちんと伝えないと相手は自分ではないので伝わらない、
ということを前提に生きなければならないと思てます。言葉にして
書くと「当たり前」のことですが親子や夫婦や異性間の支配関係の
問題にも見るようにこの当たり前ことができてないことが多すぎて
様々な場面で摩擦が起きているように感じます。
男と女はこういうもの、子供は親に従うもの、結婚して子供産んで
車買って家買って35年ローン組むのが幸せ。全部壊れました。
多様な価値観、多様な生き方、多様な国籍、多様な世代が共存する
世を生きていくにあたって自分の生きてきた自分が作った常識だけ
に当てはめて相手に勝手に期待して妄想して失望しないでキチンと
言葉にして伝える訓練を今後も怠らないようにしたいと思てます。
相手に対しても何を考え何を大事にどうしたいのかを聞いた上で
お互いのすり合わせをして着地点を見つける。私の娘は小学6年
ですが学校では既にそのような正解のない問題の正解を導き出す
みたいな授業がなされており学校教育って有難いなと思てますが
私はそのような教育を受けておらずアップデートは結構大変です。
私も今職場で外国人労働者と仕事をしてたり、住んでる集合住宅に
外国人が住んでたりしますがひとつずつ伝えていかないとこちらの
常識など一切通用しません。外国人労働者の受入れに舵を切り、
ジェンダーの垣根を越えて多様な生き方が選択できる時代では、
ひとつの価値観、ひとつの常識などで収まり切れるはずもないです。
相手を立場や力で支配せずきちんと言葉にして伝えていくこと。
その上で自分にとって何が一番大事かを自分の頭で考えて見誤る
ことなく自分で選択して責任を持って生きていきたいと思います。
もう人生も後半戦ですが下り坂には下り坂なりの素敵な景色がある
と思てます。しんどいことも笑い飛ばして楽しくやりたいですね。
posted by menchan at 22:31| Comment(0) | 雑記

2019年02月27日

45歳になりました。

今日で45歳になりました。まず恋愛ハンターの歌詞を借りまして
「生まれてこれた現実に感謝」しています。本当にありがとう。
40代も後半戦、娘に「45って四捨五入したら50やし50って十の
位四捨五入したら100やん」とか言いたい放題な言われようww
けど自分的には20代や30代の頃思てた40代といい意味で全く違い
こんなに今が最高に楽しくなるとは思ってもいませんでした。
経年による見た目の変化は当然のことながら避けられませんが
気持ちは頑丈で穏やかで明るく楽しく繊細で豊かになっています。
この頑丈で豊か言うところが自分にとってはポイントで、誰に何を
言われようとも「これがワタシ、文句ある?」的な根拠のない自信
に満ち溢れてる。そして山あり谷ありの人生をある程度超えてきた
今少々のことが起ころうともオバサン力で乗り切れる自信あり。
でもそれなりに悲しみも寂しさもやるせなさも経験してきたので
人として優しく穏やかになれているのではないかとも思います。
何より自分の意志で決定して歩んだ道、自分の脚で立ってる人生。
周りを見渡してみても40代女性、最強です。カッコいいです。
背負うもんいっぱいある、責任もいっぱいある、しんどいことも、
身体もだんだん衰えが来て、決していい事ばかりやないんですが、
お酒飲んでガハハと笑い飛ばして前を向いて行ける強さが自分も
含め周囲の女性には皆備わってるような気がしてます。
その上で刺々しい修羅の道を歩かんように心にウットリしたものを
散りばめて素直に「ありがとう」と「ごめんなさい」を言うて、
人に何かしてもろた時は感謝して、大切な人には大切と言うて、
好きな人には好きと言うて、必要な人には必要やと言うて、
困ってる人が居たら出来る限りの肩を貸せる可愛い人でありたい。
そう思て毎日大事に生きてます。気負わずこの一年も頑張ります。
私に関わって支えていただいている全ての人に感謝!
posted by menchan at 22:30| Comment(0) | 雑記

2019年01月26日

「津軽のカマリ」を見てきました。

1月12日にシネリーブルで上映中の「津軽のカマリ」を見てきました。
言わずと知れた高橋竹山の自伝的ドキュメンタリー映画ですが、初代
高橋竹山から二代目高橋竹山へとバトンを繋ぐような作品で津軽という
厳しい自然の中、貧しい暮らしを強いられた人々の苦労と強さも丁寧に
描いている良質の作品でした。いやー見に行って本当に良かったな。
高橋竹山のCDは1本だけ何故か家にあり(夫が持ってたのだと思います)
昔よく聞いていたのですが最近はすっかりご無沙汰していました。
芸事というより視力を失った竹山にとって三味線は生きる術であり、
劇場がない時代芸事でお金を稼ぐには門付するしかない、玄関口に立ち
三味線を弾く。芸人というより物乞い、乞食扱いやったそうです。
石を投げられたり罵声を浴びせられたりしたこともあったとか。
アンプラグドで3本の弦が奏でる圧倒的な音。他の三味線奏者では到底
出せない生きるために命がけで弾いてきた旅の香りが伝わる音で、
竹山の三味線を聞くだけでも十分映画を見る価値はあると思います。
全ての芸術に関わる人が見ると感じるものがある作品やと思いますし
音楽に携わる人、特に弦楽器をつかさどる人には見て損はない内容です。
「カマリ」とは「匂い」を意味するそうで津軽の匂いがする音を奏でたい
と竹山は言ってました。厳しい風土や貧しさ、沢山の犠牲の上に生された生。
その過酷な人生を食べるために芸事として音として表現し生きてきた竹山。
圧倒的で迫力がありながらもなんて緻密で繊細な音なんやろう。
晩年になってからもダメになった姿を見てほしいと舞台に立ち続けた竹山。
そしてその竹山を支え続けた奥様も目が悪いそうで東北では目が悪い女性は
巫女になったのだということも私は全く知りませんでした。お二人の苦難は
今を生きる私らには想像に難いものやと思います。誰も竹山のような三味線
はもう弾けないだろうと映画でも仰っていました。しかし色は違えどその心
は二代目高橋竹山に受け継がれているんやなと公演を見て感じました。
二代目は女性なんですね。琉球ぽい感じの衣装に身を包んだ線の細い綺麗な
方で青森では中々二代目高橋竹山として認めてもらえなかったそうですが
青森で行ったコンサートの映像は圧巻でした。代が変わって変わっていくもの
それでも変わらないものがあるんやと感じて心が震える音でした。
私の大好きな初代高橋竹山の1974年の青森公演の岩木を貼っておきます。
https://youtu.be/sbVxV8g_XiA
津軽のカマリ、温さ一切なしの中々ヘビーな内容ですが良質な映画でした。
おススメです。
posted by menchan at 17:03| Comment(0) | 雑記